2011年06月10日

方向や到着点を表す助詞には、かつては地域によって「へ」「に」「さ」のいずれかが使われていた。関東では「坂東さ」と言われたように「さ」が主力だったが、今ではほとんど使われなくなった。残った「へ」「に」は、方向や到着点に関しては、使い分けがはっきりしなくなった。がしかし、「へ」に新たな意味や用法が加わったわけではない。

先日電気料金の検針の際、東京電力から「節電へのご協力のお願い」なる文書が届けられた。「節電のお願い」で十分なところだが、契約者に節電を要請するには少しは丁寧にしなければと思ったのだろうか。しかし殿様は下々の言葉遣いを知らないから、「節電にご協力お願いします」を見出しらしく名詞止まりにするときに、「に」を「へ」に変えたものだろう。

言葉は心の窓である。相手を思いやる心があれば、それは如実に言葉になって出てくる。殿様が領民にどうこうしてくれとお願いすることはこれまで無かったことだろうが、そうしなければならない立場に追い込まれたときには、領民の立場に立って、心を込めて言葉にすれば、言われた相手も快く受け入れるだろう。



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2011年05月29日

模写になります

スパーやコンビニでいくつか買い物をしてレジでの勘定の際に、店員さんは「○○円になります」と言う。普通は複数の品物を買うのだから、「合計○○円になります」の意味で問題は無い。だがしかししょうちゅうを1本買っただけなのに、やっぱり「○○円になります」と言う。消費税を加えたからなのかと思うと、今は内税になっていて、表示価格には既に消費税が含まれている。「○○円です」の誤りだろう。

スーパーやコンビニの店員さんの特殊な職域方言かと思っていたら、何とテレビでも普通に使っているではないか。美術館だか邸宅だかの案内で、「こちらは○○の模写になります」と言うのだ。何かが変化して模写になったわけではない。最初から模写なのだ。

「なり」という語は、古語や擬古文では助詞を伴わずに直接名詞につけて使う。化石的に残っているのが、そろばんの「○○円なり」だ。たぶん助詞「に」に助動詞「あり」のついたのが語源だろう。もしこの「なり」が現代に生き返ったのならば、珠算塾と同じように「○○円なり」のほうが語法として正しい。

単語も文法も時代とともに変化する。その変化を誤りとするわけではない。ただ誤解を生む語法は誤報につながる。「○○円です」で済むものを、何もわざわざ「○○円になります」と言うことは無い。



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2011年05月27日

江戸前

「江戸前すし」をはじめとして、「江戸前○○」をしばしば目にし、耳にする。元々は「江戸城前(の海)」である品川界隈の海や海岸で採れたものを言ったが、今日的には「東京湾で採れた魚介類」と考えてよかろう。

江戸前寿司は、元来は江戸前の魚を種に、つまり江戸前のネタとともに握った。わさび、つまりサビを載せた酢飯に、ネタの多くは醤油漬け、つまりヅケにして載せて供した。酢もサビもヅケも鮮度を保ち、時には殺菌効果を期待する材料だった。こういう江戸前寿司は、各地の押し寿司や発酵させたなれ鮨と違って、江戸独特のものであったところから、上方などに対して、特に職人の技や仕事について、江戸独特の流儀、やり方の意味に転用され、江戸の産品をも意味するようになった。

江戸前蕎麦もこの類いで、丸く伸ばした麺生地を、客の目の前で角出しという麺の巻きかえの技で四角にして観客を驚かせ、かと思えば麺棒に巻いた麺を打ち付けて度肝を抜き、次第に延ばしてみせるという、今式の言葉で言うパーフォーマンスを演じたものだ。静かな麺さばきで、ふと気がついたら麺生地が四角になっていたという各地の田舎蕎麦との違いを主張したものだ。

先日あるテレビ番組で、「江戸前の○○」を連発していたが、どうも明治以降初見のものが多く、首を傾げるものが多かった。中でも傑作なのは、室町時代に東京の中央区で創業したという和菓子屋だ。江戸開府以前は、あの辺りは海か、さもなければヨシやアシの生い茂るところだったと聞く。もし室町時代に他の町で創業し、江戸開府後その値に移ってきたものなら、そうコメントすべきだった。

「江戸前の○○」を明治以降の新しいものに使うのは、薦められない。ありもしない歴史を誇張するよりも、その時代にあった創作であることを強調するほうが親しみやすい。元祖や本家を唱うよりも、独創性を大切にしたいものだ。



posted by シャノワール at 17:28| Comment(0) | 誤用誤読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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