2011年05月31日

スムリエ

レディースフォーというテレビ番組がある。家内の話しだとだいぶ長寿番組だそうで、世のご婦人への影響もそこそこあるだろうという。レディースフォーは、ladies と放送開始時刻の four を言ったものらしい。うるさいことを言えばレーディズが望ましいが、今日はその話題ではない。昨日(2011.5.30)酢の専門家でスムリエなる肩書きの人物が登場して、酢について蘊蓄を披露した。

スムリエとは、酢とソムリエから合成した最近の新語らしく、手持ちの国語辞典にもウィキペディアにも載っていなかった。田崎真也氏がソムリエとて最高の栄誉によくしてから、野菜ソムリエなどの専門家が生まれた。日本野菜ソムリエ協会なる団体まで存在する時代だから、酢のソムリエが生まれても可笑しくない。

しかし酢ソムリエは確かに言いにくい。そこで誰か駄洒落の達者な人が、スムリエとしたのではなかろうか。軽くて愉快なネーミングだが、実際の内容は深い。スムリエでは名前が負けるてしまう。酢アドバイザーでは一面しか表していないし、酢コーディネーターにしても然りだ。新しい概念を手持ちの言葉で表すのは、難しいことだと思う。何も手伝うことができなくて残念だが、名が体を表すような命名を願ってやまない。



posted by シャノワール at 15:00| Comment(0) | 造語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

粛々として

政治家が好んで使う言葉のうち、「粛々と」が意味不明だ。何かというと、「粛々と進めていきます」のように返答して、全て足れりとする。日常的でないし、かといって完全な古語でもないし、扱い憎い。今日もテレビのニュースで、民主党の岡田幹事長が「不信任案は粛々と否認している」と述べた。試みにある古語辞典を引いてみたところ、「粛々」は載っていなかった。漢詩特有の言葉なのだろうか。

有名な「鞭声粛々夜河を過る」は、「鞭音も静かに夜の川を渡る」つまり「静かに」の意味だ。川を渡る際に鞭の音を敵に悟られたら、夜襲をかける意味が無くなる。かと思えば、「数十頭の乗馬隊が粛々と進んで行くのは絵のごとく」という表現もある。とても静かとは言えない。「堂々と」と言い換えられる。

さて馬ならぬ議員諸公は、「相手に知られぬように静かに進めていく」のだろうか。「それとも「公開しながら堂々と進めていく」のだろうか。願わくは後者であって欲しいものだが、どうも前者をさらに萎縮して、「考えておく」類いの逃げ口上のようだ。

議員諸君よ、あなたたちは国民の代表として、国会において国民に代わって議席に座っているのだ。時には相手側に知られずに事を運ぶこともあろうが、表に向かってものを申すときは、代表に選んだ国民に、どっち付かずの言辞を弄してはならない。堂々と信ずるところを述べ、国民の負託にこたえなければ、そこにいる意味がないのではないか。



posted by シャノワール at 10:25| Comment(0) | 曖昧表現 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

模写になります

スパーやコンビニでいくつか買い物をしてレジでの勘定の際に、店員さんは「○○円になります」と言う。普通は複数の品物を買うのだから、「合計○○円になります」の意味で問題は無い。だがしかししょうちゅうを1本買っただけなのに、やっぱり「○○円になります」と言う。消費税を加えたからなのかと思うと、今は内税になっていて、表示価格には既に消費税が含まれている。「○○円です」の誤りだろう。

スーパーやコンビニの店員さんの特殊な職域方言かと思っていたら、何とテレビでも普通に使っているではないか。美術館だか邸宅だかの案内で、「こちらは○○の模写になります」と言うのだ。何かが変化して模写になったわけではない。最初から模写なのだ。

「なり」という語は、古語や擬古文では助詞を伴わずに直接名詞につけて使う。化石的に残っているのが、そろばんの「○○円なり」だ。たぶん助詞「に」に助動詞「あり」のついたのが語源だろう。もしこの「なり」が現代に生き返ったのならば、珠算塾と同じように「○○円なり」のほうが語法として正しい。

単語も文法も時代とともに変化する。その変化を誤りとするわけではない。ただ誤解を生む語法は誤報につながる。「○○円です」で済むものを、何もわざわざ「○○円になります」と言うことは無い。



posted by シャノワール at 15:13| Comment(0) | 誤用誤読 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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